なでがたな学び

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『フェルマーの最終定理』サイモン・シン|まとめと感想

 フェルマーの最終定理にまつわる、数学者たちの3世紀半にわたる険しい戦いについて描かれたサイモン・シン著の『フェルマーの最終定理』。数学に興味わくのかな〜と半信半疑で読んでいましたが、想像以上に熱く、まんまと他の数学関連の本を読み始めることになりました。今回は、そんな『フェルマーの最終定理』のまとめと感想を書いていきたいとおもいます。 

本のまとめ

 フェルマーの最終定理を証明したアンドリュー・ワイルズを中心として、フェルマーの最終定理証明までに重要な功績を残した数学者たちを時系列で紹介しています。ピタゴラスからはじまり、フェルマーオイラー、ソフィー・ジェルマン、ラメ、コーシー、クンマー、ゲーテル、チューリング、谷山豊、志村五郎、フライ、リベット、そしてワイルズの証明へと。まずは、この本の主題であるフェルマーの最終定理について確認してみましょう。

フェルマーの最終定理

 17世紀フランスの数学者フェルマーは『算術』という本を用いて研究をしていました。彼は『算術』にあるピュタゴラスの定理とピュタゴラスの三つ組み数に関する説明、そしてそれについての問題と解答の述べられた部分に行きあたったときに、閃めきました。ピュタゴラスの方程式  x^ 2+y^ 2=z^ 2 の指数を2から3へと変更すると途端に整数解がみつからない方程式になってしまう。そして、これは指数が3のときだけでなく、4、5、6…と、3よりも大きい自然数のときも整数解が見つからない…。こうして、フェルマーは『算術』の余白に自らの考えを記します。

ある三乗数を二つの三乗数の和で表すこと、あるいはある四乗数を二つの四乗数の和で表すこと、および一般に、二乗よりも大きいべきの数を同じべきの二つの数の和で表すことは不可能である。

これが、誰にでも問題の意味を理解することができるのに、3世紀半ものあいだ誰にも解かれることのなかった問題、かの有名なフェルマーの最終定理です。そして、フェルマーは余白にもう一言、この問題が有名になってしまった要因でもある言葉を添えます。

私はこの命題の真に驚くべき証明をもっているが、余白が狭すぎるのでここに記すことはできない。

本当にフェルマーが最終定理の証明を持っていたかどうかで、いまだに議論がわかれているようですが、なんにせよこの挑発的な言葉によって、数学者たちを駆り立ててしまいました。

数学的証明について

 フェルマーの最終定理は、なぜ3世紀半ものあいだ、解かれなかったのでしょうか。それは、数学的証明の "厳格さ" に関わってくるように思います。実際にフェルマーの最終定理は、n=3のときや、n=4のときなど、個別のnについてはかなり解き勧められていました。

1640年 FLT(4) フェルマーが証明

1753年 FLT(3) オイラーが証明

1825年 FLT(5) ディリクレとルジャンドルが証明

1832年 FLT(14) ディリクレが証明

1839年 FLT(7) ラメが証明

...

*FLTは、Fermat's Last Theorem(フェルマーの最終定理)の頭文字。また、()内は証明した個別のnを表す 数学ガール/フェルマーの最終定理』P233より。

また、例えばn=3の場合を証明することができれば、n=6、9、…など他の数字についても証明することが可能です(説明省略)。このことから、解決年表の一部をみてもかなりのnの場合について証明できていたことがわかります。しかし、「ほとんどの場合で成り立つ」ことがわかっていても、数学ではそれは定理として成り立つかどうかはわかりません。まだどこかに反例が残っているかもしれないからです。このように、数学における「証明」はかなり強力かつ厳密であり、それは他の学問分野における証明とは比較にならないものです。 典型的な数学的証明は、一連の公理から出発します。公理とは、真であると仮定された命題、あるいは真であることが自明な命題のことです。そこから一歩一歩論理的な議論を積み重ね結論にたどり着く。数学の定理は、地道なプロセスの上に成り立っており、一度証明された定理は永遠に真となる。このように、フェルマーの最終定理は、「数学的証明」だったからこそ、長く解かれることがなかった定理といえます。実際に、ワイルズは一度証明を発表したあと、少しの(だけど重大な)ミスによって、再度完璧な証明を見つけるためにまた一苦労することになります。

証明の概略

 かなり年代を飛んで、いきなりですがワイルズの証明についてみていきましょう。(まとめなのでかなりはしょりますが、フェルマーワイルズの間で活躍した数学者についての話もとっても面白いのでぜひ本を手に取っていただきたいです)

ワイルズの証明の概略を掴むにおいて、「谷村=志村予想」・「フライ曲線」・「フライ曲線と楕円関数の関係」・「フライ曲線とモジュラーの関係」について知ることが必要です。

谷山=志村予想

【未証明(*証明当時)】すべての楕円曲線は、モジュラーである。
  

フライ曲線

【証明済み】 x^ p+y^ p=z^ p を満たすp, x, y, zが存在すれば、フライ曲線も存在する。(x, y, zは自然数。p ≧ 3は素数
  

フライ曲線と楕円関数の関係

【証明済み】フライ曲線は、楕円曲線の一種である。
  

フライ曲線とモジュラーの関係

【証明済み】フライ曲線は、モジュラーではない。
  

数学ガール/フェルマーの最終定理』P298より。

そして、これらを用いることによって、フェルマーの最終定理を証明するまでの流れが描けます。

フェルマーの最終定理》証明の概略

背理法をつかう
 

  1. 仮定:フェルマーの最終定理は成り立たない。

  2. 仮定から、フライ曲線が作れる。

  3. フライ曲線:半安定的な楕円曲線だが、モジュラーではない。

  4. すなわち《モジュラーではない半安定な楕円曲線が存在する》。

  5. ワイルズの定理:すべての半安定な楕円曲線は、モジュラーである。

  6. すなわち《モジュラーではない半安定な楕円曲線は存在しない》。

  7. 上記4. と 6. は矛盾する。

  8. したがってフェルマーの最終定理は成り立つ。

数学ガール/フェルマーの最終定理』P303より。

つまり、フェルマーの最終定理を証明するということは、(フライ曲線は半安定な楕円曲線であるから)半安定な楕円曲線がすべてモジュラー形式であることを示すことであり、つまり谷山=志村予想(の半安定な楕円曲線の場合)を証明することに変換されます。 ここから、谷山=志村予想をもう少し詳しく見ていきましょう。

谷山=志村予想

 まず、楕円曲線とモジュラー形式について簡単に。 楕円曲線とは、a, b, cを有理数として、 y^ 2=x^ 3+ax^ 2+bx+c という方程式で表現される曲線のこと。例えば、 (a, b, c) = (0, -1, 0) と置くと、 y^ 2=x^ 3-xという楕円曲線を導くことができ、このグラフは以下のようになります。

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楕円曲線y2=x3-xのグラフ(GeoGebraで作成)
ちなみに、フェルマーもこの楕円曲線を研究していました。それもあり、この楕円方程式の問題を解くことが20世紀後半に入ってからのフェルマーの最終定理を解く近道だというアプローチが浮上し、ワイルズもはじめこのアプローチを採用していたようです。

モジュラー形式とは、恐ろしく対称性が高いという重要な特徴をもった"操作性"のことであり、20世紀の数論研究者マルティン・アイヒラーは、これを五つの基礎演算(加法、減法、乗法、除法、そしてモジュラー形式)として数えたほど、重要なものとして位置付けました。

 日本の数学者である谷山豊と志村五郎は、1955年、日光で行われた数学の国際シンポジウムにおいて、とある予想を発表します。それは「楕円曲線とモジュラー形式とは実質的には同じではないか。」というもので、これは数学界に大きな衝撃を与えます。なにしろ、モジュラー形式という領域は、数学のなかでも他の領域とのつながりがきわめて弱く、とくに楕円曲線とはまったく関係なさそうだったのです。谷山と志村が予想を発表するまでは、この二つに多少とも関係性があるなどとは誰も考えもしませんでした。

この予想はかなり難解なものであり、徐々にその予想は力を得ていったものの、証明されるのはとても困難だと思われていました。実際、先ほどあげたフェルマーの最終定理証明の概略を示した(つまり谷山=志村予想とフェルマーの最終定理がつながっていると示した)一人であるケン・リベットすらも、谷山=志村予想が証明される、つまりフェルマーの最終定理が証明されることに悲観的でした。そして、アンドリュー・ワイルズこそが、この谷山=志村予想(の半安定の場合)を証明し、フェルマーの最終定理を証明したのです。

 ワイルズは、この証明をつくることに7年間の月日を費やし、またその後見つかった少しのミスによって、さらに一年ほどの時間をかけました。そうして提出した論文は、100ページも及び、随所に近代数学の重要な発見が散りばめられているそうです。本の中では、その一部しか体験できませんでしたが、いつかはその表層だけでも、味わえるようになりたいものです。

感想

 この本は、面白いとは聞きつつも、数学の本であることや「フェルマーの最終定理」といういかにもゴツそうな名前だったことから、かなりの期間積読していました。ですが読み始めてみると、著者のすばらしい取材力と編集力で、難解なことを言ってるはずなのにスラスラと読み進めることができ、とてもいい読書体験をしたな、と思います。

数学を勉強していく意欲がかなり沸いたことはもちろん、「数学」という分野に触れることで新たに見えてきたことも多かったです。個人的には「谷山=志村予想」とそこからワイルズが証明を導くまでの本書後半がとても熱かったのですが、その一連の流れを知る中でアブダクションのような拡張性の高い推論と、それによって生み出した不安定な仮定の中で突き進んでいくことの実例を学ぶことができたように思います。これまでは、十分に証明された、もしくは証拠が十分なものを用いての思考しかしておらず、いまいちな考え方しかできていませんでしたが、一旦不安定な仮定を採用して突き進む大胆さを持つことの重要性、そしてそれを根気強く考え続ける粘り強さの必要性を感じました。最後に、証明に7年間の月日を孤独ながら費やしたワイルズの言葉を引用して、今回のまとめを終えたいと思います。

大事なのは、どれだけ考え抜けるかです。考えをはっきりさせようと紙に書く人もいますが、それは必ずしも必要ではありません。とくに、袋小路に入り込んでしまったり、未解決のもんぢあにぶつかったりしたときには、定石になったような考え方は何の役にも立たないのです。新しいアイディアにたどりつくためには、長時間とてつもない集中力で問題に向かわなければならない。その問題以外のことを考えてはいけない。ただそれだけを考えるのです。それから集中を解く。すると、ふっとリラックスした瞬間が訪れます。そのとき潜在意識が働いて、新しい洞察が得られるのです。フェルマーの最終定理』P323より。

参考文献

1. サイモン・シン 著 青木薫 訳(2006)『フェルマーの最終定理』 新潮社

2. 結城浩 著(2008)『数学ガール / フェルマーの最終定理』 ソフトバンク クリエイティブ

3. 「435夜『フェルマーの最終定理』サイモン・シン|松岡正剛の千夜千冊」

*:フェルマーの最終定理について知識を深めるために、はじめて『数学ガール』シリーズを読みましたが、これもとてもわかりやすく、数学のたのしさを教えてくれる本でした。こちらも、結城浩さん編集力の高さに痺れました…。他の数学ガールシリーズもぜひ読みたい。

*:千夜千冊は毎度お世話になっているサイトです。松岡正剛さんが紹介しているかどうかが、もはやその本を読もうとおもうかどうかの基準になってます。